読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アラサー女の 成人ADHD記録〜ストラテラ飲んで仕事します〜

アラサー女、成人のADHDだけど、ストラテラの力を借りて、わりと楽しく生きてます。

LGBT問題に関してニュートラルな考えなのは漫画「ニューヨーク・ニューヨーク」の影響かな

LGBT関連で “酔っ払って” とか “全くそんな意図はなくて” 差別的な発言を公の場でしてしまい、炎上する案件が相次いでますねぇ。自分は、自ら声を上げてその人を非難しにいくことまではしないですが、自分と違う価値観を持った人にとって、生きやすくなる社会になったことに、どうしてわざわざ傷つけに行かずにはいられんかなぁと、残念に思います。

 

f:id:adhd_misoji:20151203172142j:plain

自分のツイッターのフォロワーさんには何名か、LGBTに属する方もいるし、Q(クエスチョニング)、T(トランスセクシャル)、A(アセクシャル)など、の方もいらっしゃいます。基本的に、自分のアカウントは発達障害をオープンにしているので、発達障害でもあるし、上記のようなセクシャルマイノリティでもあるという両方を抱えている人が多いです。これが、割合として発達障害と関連があるのかどうかは全く分からないけど。比率としては、定型発達の場合と、そう変わらないんじゃないのかなぁ。個人的には、「なんだか他の人と違って生きづらい」というのをずっと感じてて、その根っこを探ってみたら、発達障害だった、セクシャルマイノリティだったという、自分の中の違和感の正体に気づいたということで、「お互い、苦労しますなぁ」ぐらいの仲間感でいます。(え?向こうからしたら一緒にすんなって思ってる?笑)別に世間に隠すべきことではないけど、現状オープンにして生きるのも何かと大変なのよねぇ。みたいな、現在の日本社会における、種類は違うけどマイノリティ仲間いう存在に感じております。勝手に。

 

 

 

で、「自分とは感じ方、考え方が違う人が世の中にはいる」というその事実をどうしても認められない人って、世の中にいますよねぇ。超ざっくりで言えば、やはり年配の方に多いのでしょうか。残念ながら自分の祖母や両親も、(そこまでじっくり考えてはいなそうだけど)LGBT関連のニュースを見たときに何気なく出る発言からは「ああ、全く理解できないんだなぁ」とちょっと寂しく感じます。身内フォローではないけど、その他の社会一般的な常識や気遣いは普通レベルの両親です。でも、このあたりに関する感じ方は全く自分とは異なるんだなぁと、思いました。

 

思い返せば、自分はなんでこんなにセクシャルマイノリティをごく自然に受け入れてるんだろう?ちょっと振り返って見たときに、思い当たったのは「ニューヨーク・ニューヨーク」という羅川真里茂さんの漫画です。自分がこれを友達に借りて読んだのは、中学生のとき。初めて、ゲイという存在を知ったのだけど、それを茶化さずに描いている作品だったので、普通に個性豊かな登場人物や、主人公のケインとメルの幸せになるまでの過程に、ドキドキワクワクときに涙しながら、全四巻を一気に読みました。これはね、本当に名作!大学生、社会人になっても定期的に読み返しています。主人公の二人は、一目惚れで出会いから惹かれるんですが、その後の生活はなかなか簡単にはいかず、アメリカ社会であっても、異性愛に対しての周囲の差別、HIVの問題、家族への紹介、そして結婚など困難な壁にぶち当たっていきます。その度に、涙を流して、諦めそうになりながらも、絆を深めていく二人の姿に、最初に読んだときから号泣。読む度号泣するほど、大好きな作品です。当時はまだBLなんて言葉がなかったんじゃないかしら。私は別にこれを読んだからといって、“BL好き”になったわけではないし、その後の自分のセクシャリティに影響があったわけではない、けど、ただただ「世の中には、異性以外を好きになったり、体と心の性が違う人もいるんだな」という事実を知って、すんなり受け止めた。ただそれだけ。たかが漫画で、と思うかもしれないけど、自我が育つ過程で、こういう認識を「普通」として持つことって、案外重要なのかもなぁと、ここ最近の出来事を見る度に思います。

 

自分の長い人生の中で、ありえないことが起こったら、拒否反応を起こしてしまうのも、年をとると仕方ないのかな。そういえば、好きな海外ドラマgleeの中でも、サンタナが大好きなおばあちゃんにレズビアンであることをカミングアウトした時に「出て行って。もう二度と顔を見たくない」と言われたのもショッキングだったなぁ。こちらは宗教的な価値観もあるんだろうけど。

 

この問題と発達障害の問題を同じに語ることもおかしいのかもしれないけど、例え自分には理解できない、受け入れがたいことでも、相手の存在を否定したり、価値観を変えようと強制したり、それを世間に声高々に言うのは、ナンセンスだよなあと思います。マイノリティになっている側も、世間の全てに受け入れてもらおうとすることは諦めていた方がいい。けど、自分の大切な人に理解してもらえないのは辛いよね…。自分が、人になかなか言えない特性をもったことの一つのラッキーなことだと思うんです。同じように、人に言えず、社会にオープンにできずに、苦労している人がいるかもしれないということに思いを馳せられるようになったこと。少しだけ、優しくなれているのかなぁなんて思います。行動を起こせる強さまではなくても、無自覚で他人を傷つけることはないのはいいかな。

 

ニューヨーク・ニューヨーク (1) (白泉社文庫)

ニューヨーク・ニューヨーク (1) (白泉社文庫)