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アラサー女の 成人ADHD記録〜ストラテラ飲んで仕事します〜

アラサー女、成人のADHDだけど、ストラテラの力を借りて、わりと楽しく生きてます。

転職→うつ病→精神科でADHD診断!

ADHD-診断を受けるまで ADHD

(本題に入る前に)

怒涛の勢いに任せて、ここまで書いてきた診断が降りるまでのエピソード、

肝心の部分を前に…すみません、長すぎて飽きてきました(笑)

ああ、やっぱりこういうあたりが、ADHDの衝動性なのか…。手短に行きます!

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発達障害者支援センターで、アドバイスをもらってから、自分の生活は

少しは改善しました。具体的なアドバイスがどうこういうより、

「人にやっと打ち明けられた」ということと「少しADHD的部分を受け入れた」

というのが大きいんだと思われます。仕事に関しては、集中しやすい環境を

つくろうと思えば作れる環境だったことに、この時になって初めて気づきました。

与えられているデスクは広いので、書類の山を処分したら一気に

“気の散らないデスク”になりました。視界をさえぎるパーティションは

もとからついています。仕事の中に、映像編集作業などもあったので、

 

ヘッドフォンで聴覚刺激を遮ってもそこまで不審がられません

(ヘッドフォンOK、これは日本では珍しい方かな?)そして、クールダウンできる

空き部屋がたくさんありました。今思えばとても恵まれた環境だったんです。

このいくつかの改善で、少なくとも

心理的にはだいぶ楽になりました。ただし、遅刻は全く治りませんでした。

 

これだけいい環境だったのですが、1年後に転職を決意します。

理由は…飽きたから!です。仕事の内容にマンネリを感じてしまうと

もう我慢ができませんでした。衝動性ですね…。

 

転職活動もだいぶ行き当たりばったりだったのですが、ミスを必死で隠して

頑張ってきた甲斐もあり、幸い行きたかった会社に転職することができました。

この時、自分がADHD持ちであることなんてすっかり忘れていました。

あんだけ日常で困っていても、なぜかそれが転職するにあたって問題になるかも

という考えには及ばないんです。不思議です。

 

入りたかった会社に転職して1半ほど経った頃、私は過労でうつ病を発症しました。

うつ病になった経緯などはまた別の機会にとは思いますが、前の職場の数十倍は

ADHDにとって働きづらい環境の職場だったのです。40人ほどが狭い雑多なオフィスに

詰めあって座っていて、電話は常に鳴り響き、慌ただしく部屋の出入りをする人が

たくさんいて、パーティションのないデスクからは、近くで話し合う人の様子が

丸見え。壁にはもう何年も前のポスターが貼りっぱなしで、その上に更に書類を

テープで乱雑に止めてある…。不注意優勢のADHDにとって地獄のような環境でした。

その上、自分の任された仕事の中には、エクセルを使用しての工程表管理や

予算管理等事務作業がてんこ盛りだったのです。もう、毎日がいっぱいいっぱいで、

深夜1時、2時頃まで働き休みもほとんどない日々でした。ただ、自分の身体を気遣う

とか、程々で止めておくということが一切できないため、全速力で毎日働きました。

そしてなったうつ病です。

 

人生二度目の精神科です。先生に診てもらう前に、カウンセラーさんに生育歴等を

話している時に、ふと、「そういえば、以前にも精神科に一度行ったことがあって、

その時はADHDを疑ってたんです」ということを思い出して話しました。自分で

ADHDのことを考えるのはとても久しぶりでした。転職してすぐは、

「あ、環境厳しいかも」と思ったものの、そのうち、忙しさで環境を改善しようとか、

自分のADHD的傾向がどう出ているかなんて考える余裕一切なしで、生きて行くだけで

精一杯になっていました。

 

今度の精神科の先生は、穏やかな40代半ば位の男性の先生でした。カウンセラーさんの

書いた生育歴を読んでいて「…お、ADHD?」と顔を上げました。私はこの時に初めて

知ったのです。「ADHDの二次障害としてうつ病になることがある」と。診察の中で

いくつか質問に答えていくと、やっぱりその可能性が高そうだなということに。

その場でDSM-IV(ADHD国際診断基準)テストを受けることになりました。

血液検査もその日のうちに受けました。あとは、次回に小学生の頃の通知表を持って

くることと、可能なら親(遠方住まい)から話を聞いてくるということだったの

ですが、この時点で親の話の方は無理!と思いました。(のちに愛着障害を指摘され

ます)あとは、支援センターで受けた知能検査(後からわかりましたが、あれが

WAIS-Ⅲでした)の大まかな結果も伝えました。私はてっきり、何かの検査の値が基準

を超えるとADHD確定なのかと思っていたのですが、その先生の考え方だと、それも

あるが、それより、自分がADHD的特徴が原因で生活に長い間支障が出ているか

どうか、(逆を言えばどんなにミスが多くても自分が全く気にならなければOKって

ことですね)とのこと。

「はい、私、とても困っています」

「では、ストラテラという薬が今はあるんですが試してみますか?」

こうして、私のADHDとしての診断(仮)とストラテラ投薬の生活が始まりました。

 

※MRI検査ですが、私は受けていません。まず、当初がうつ病のもっとも重い時期で

他の病院に行って検査をうけるのがシンドイ時期だったこと、そして診断を受ける

経済的余裕がなかったからです。先生はMRI検査を受けるかは個人の判断に任せるし、

すぐに障害者手帳を取るとかいうのでなければ、別に受けなくても、ということ

だったので。参考まで。

 

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